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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)154号 判決 1980年8月28日

控訴人 坂本盛明

右訴訟代理人弁護士 梅垣栄蔵

被控訴人 広野儀平

被控訴人 近藤弘

右両名訴訟代理人弁護士 島川勝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五二年四月二一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出・援用・認否は、控訴人が証人原瑞枝の当審証言と控訴人の当審供述を援用し、乙第二号証の成立を認め、被控訴人らが乙第二号証を提出し、証人志水信市の当審証言と被控訴人両名の各当審供述を援用したほか、原判決事実摘示のとおりである。

理由

一、訴外大同通信設備工業株式会社(訴外会社)が被控訴人広野に左記約束手形一通(本件手形)を振出し、広野が被控訴人近藤に、近藤が控訴人に、拒絶証書作成義務を免除して本件手形を裏書譲渡し、控訴人が昭和五二年四月二〇日本件手形を支払場所に呈示したが支払を拒絶されたことは、当事者間に争いがない。

(一)金額 金二〇〇万円

(二)支払期日 昭和五二年四月二〇日

(三)支払地、振出地 神戸市

(四)支払場所 株式会社第一勧業銀行山手支店

(五)振出日 昭和五二年三月一八日

二、被控訴人ら主張の強迫の抗弁について判断する。

1. 原・当審証人志水信市、当審証人原瑞枝の各証言、控訴人、被控訴人らの各原・等審供述、これらにより各作成名義人の署名押印がいずれも各本人によってなされたと認めうる甲第一ないし第四号証、第六、第七、第九、第一〇号証の各存在を総合すると次の事実を認めうる。控訴人の原・当審供述中これに反する部分は信用し難い。

(1)  控訴人は、西宮市今在家町二番六号所在西島ビル二階二〇二号室において阪神金融センターの商号で金融業を営む者であるが、昭和五二年二月ころ、二五〇万円の融資申込をした訴外迫田春日に対し、迫田が理事長をしている訴外兵庫県通信機事業協同組合(訴外組合)振出、迫田及び他の組合役員ら裏書の手形の差入れと、組合役員らの保証を求めた。迫田は、同年(以下同年省略)二月二五日被控訴人広野と控訴人事務所に赴き、二五〇万円を借受け、訴外組合振出、迫田、志水信市、広野の各裏書の約束手形(組合手形、甲第三号証)と債務者迫田、連帯保証人志水、広野の各署名押印ある借用証書(甲第二号証)を差出した。

(2)  三月一八日組合手形が不渡りとなり、迫田も行方不明となった。控訴人は、三月二〇日ころの夕刻組合役員の被控訴人両名と志水を控訴人事務所に呼びつけ、右三名に対し組合手形の支払いを強く迫った。右三名は、右債務は迫田の債務であり、訴外組合にも責任がない旨答えたが、控訴人は、納得せず、従業員が退社した後も右三名を引き留め、「貸した金は連中の金だから返して貰わないと困る」、「若い者がいる」、「警察にも知った人がいるからどうでもなる」、「弁済しないと子供や親戚とかどこまでも追及する」等あたかもその背後に暴力金融の存在があることを思わせるような言葉を用いて、分割払の約束だけでもするよう午後六時ころまで強く迫ったので、右三名は、これに応じなければ、将来いかなる危害が及ぶかも分らないと考えて、遂にその要求に応じ、五回に分割して、右三名の振出又は裏書の手形を二、三日中に差入れることを約して帰宅を許された。

(3)  三月二三日右三名は、印鑑と印鑑証明書を持参し、志水が用意した手形用紙五枚に各人が(但し、志水は訴外会社の代表者として)振出人、裏書人欄に署名、捺印し、うち一枚の金額は利息分として七五万五〇〇〇円とし(甲六号証)、うち三枚は金額白地とし(本件手形は右三枚のうちの一枚)、その外金二五〇万円の借用証書、念書、約定書面(甲第四、第七、第九号証)に署名捺印した。

(4)  五月一七日、右三名は、控訴人から、その事務所に呼びつけられ、押印させられることを避けるため印鑑を持参しなかったにも拘らず、手を持って押さされるなどして支払延期書(甲第一〇号証)に各署名指印した。

2. 右認定の事実によれば、被控訴人近藤は、迫田の債務、組合手形とも全く関係なく、訴外組合の役員であるというだけで、本件手形裏書等をしなければならない理由はないと考えていたのであるが、控訴人から、その背後に暴力金融の存在を窺わせるような言辞を用いて強く迫られ、これに応じないときは将来自己や家族にいかなる危害が加えられるかも分らないものと畏怖して本件手形裏書等をしたのであり、被控訴人近藤の控訴人に対する本件手形裏書譲渡行為は、控訴人の強迫によるものと認めうる。

3. 被控訴人近藤が原審第一回口頭弁論期日に強迫による控訴人への裏書譲渡行為取消の意思表示をしたことは、記録上明白であるから、控訴人への裏書譲渡行為は無効となり、控訴人は本件手形の権利者でなくなったと認めうる。

本件のように、約束手形の受取人甲が乙に、乙が丙に、各裏書譲渡した事実に基づき、所持人丙が第一裏書人甲及び第二裏書人乙に対し手形金を請求する共同訴訟の同一口頭弁論期日において、甲及び乙が、「甲及び乙は、丙より同時に強迫されたため、手形行為をしたのであるから、これを取消す。」と陳述した場合、甲は、「乙の第二裏書取消による、乙の丙に対する裏書譲渡行為の無効」の主張もしているものと解するのが相当である。右のように解しても丙に不意打を与えるおそれはない。

それゆえ、被控訴人広野の本件手形裏書が強迫によるものか否かについて判断するまでもなく、被控訴人らの抗弁は理由がある。

三、よって、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものであるから、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないので、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小西勝 裁裁判官 潮久郎 藤井一男)

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